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“紺くらべ事件” 10年前のある夏のおはなし |優先順位を間違えていたか、当時は面白がった節もあったか...

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優先順位を間違えていたか、当時は面白がった節もあったか...

“紺くらべ事件” 10年前のある夏のおはなし

 “紺くらべ事件”

 これも、2009年のお話。

 鐘ヶ淵にあるリハビリ病院に、見舞いに通っていた夏のある日。息抜きのためショッピングでもしようかと考えていた。"パンツが欲しい”と思い、そいつにも話した。

 「いってらっしゃい!たまには息抜きも必要だね!」と言ってくれた。

 お言葉に甘えていくことにした。選択肢は二つと考えた。北千住のルミネ。池袋パルコ。

 池袋をチョイス。

 

池袋パルコ某セレクトショップ

 池袋パルコは以前から利用しており、某セレクトショップにかんしても、多店舗でも買い求めていたりもしているので、とくに考えなしに店内に入りパンツを何点か試着した。

 試着していく中で、照明の関係か暗く色味が確認しづらい。なので、男性店員に尋ねることをしてみた。

 K「紺ですか?」と尋ねると、男店員「ネイビーです!」と返ってくる。

 

思い出プレイバック解説①

「紺ですか?」、色くらいは理解している。

いずれにしても「青」だろよ。つまり「紺ですか?」はコミュニケーションのとっかかりに過ぎない。なんでも良かったはず。それこそ、パンツの色を聞くという事をしなくても良かった。

「照明が暗いですね」が、Kの言わんとすること。大事なのはこれでしょ。男性店員は「ネイビーです!」と答える。"みりゃ分かるタグをな”Kの心の声。

 

 「...ま、あるよな」と思いつつ、再度「紺ですか?」と、負けず嫌いと意地悪を発揮。相手もさるもの、再度「ネイビーです!」と返答。

 「あ、これこれ、何時ものやつな」と思いつつ、やめればいいものの「紺ですか?」と再々度聞いてみる。

 

思い出プレイバック解説②

2回目はわざとやってきている。

つまりマウントをとろうとしているにきまっている。でなければ、1回はミスで済むが、2回同じ返しで来るなら、「バカかそれともマウントとりのどちらか確定する」。それを確認する為、再々度同じことを聞いてみることにした。

 

 「おそらく、相当高い確率で同じ返答が来るだろうな」

 「分かっているだろな?」

 と、ドキドキしながら待ち構えていると、

 「ネイビーです!」と、今までより強めに言ってきた

 「これよ!(^_-)-☆」と思いつつ、頭にも来たので、

 試着しまくった挙句、試着室のトビラを"バチーン!”と店内に響き渡るくらいの勢いで閉め店を後にした、“紺くらべ事件”

 2009年。10年前のお話。

 

思い出プレイバック解説③

まってましたと言わんばかりの、「ネイビーです!」の返し。

今までより強く、より早く。つまり、言いたく言いたくて仕方なかったに違いなかった。私もそこまで読んで、「紺ですか?」と再々度聞いている。「バカかそれともマウントととりのどちらか確定する」ため。

もちろん、バカなはずは無い。ただのバカなら、2度目で気づき、訂正するはず。それでも、「ネイビーです!」と返答するなら、マウント確定。確認するのと、面白がっていた面も。

思い出プレイバック解説④

"文字通り、言葉どおりのところにその人の心がない可能性もある”ということが、このやり取りからも分かるはず。だからこそ、探る必要があるのだと考えている。この件では関係はなさそうだけどもね。

いずれにしても、互いにそれを理解したうえで、上記のことが、行われている可能性が高い。表面上の"紺比べ”に心はない。ただ、マウント取り合っているか、それとも面白がっていか。

"思い出プレイバック解説①~④”がおおよそ、私の心の内。これは、相手にも見えていない。また、男性店員の心の内も分からないから、私の想像でしかない。なので、正解でない場合もある。ただ、こういった、心のないやり取りを続ける中で、真意を見つけられる可能性はありますね。無駄ではない。

男性店員とは無駄だけど、大事なひととなら、心がないやり取りだったとしても、繰り返しおこなえば、見つけられるのではないか。

思い出プレイバック解説⑤

表面上に心がないのであれば、型通りに心が無い可能性がある。

型通りと言った決まり切った事を繰り返しおこなう事で、新しい発想は生まれづらい。決まり切った事しかやっていないのだから、新しいことは生まれないし、不自由な発想からは、新たなものは生み出されない。自由に表現できなければ、何もないところに何かをみて、そこに創造することも出来ない。自由にイメージすることが出来なければ、何も生まれない。心は見えるところにはない。

表面上の会話だったとしても、繰り返しおこなうことにより、真意に近づけると考えている。心のないコミュニケーションだったとしても、近づける。無駄ではない。

思い出プレイバック解説⑥

手話やジェスチャー、仕草などもコミュニケーションの一種。

型通りとも言えるかもしれない。見えるところだけで判断する以外ない。当然、時間はかかる。気持ちを伝えるのにも時間がかかる。が、そういった型通りのものでも粘り強く訴えかけることにより、結果的に、より相手に訴えかけることが出来るのではないかと考えている。たしかに面倒くさいが。

ものごとに打ち込む姿勢もそう。理解されづらいが、繰り返し粘り強く行うさまを、人は見ているはずだ。

映画『鳥』をみることで、考え方に変化が見られた....

"面白がることで脱する”、それしかないと考えた

 すこし心境の変化が見られる。

 僕としては、このやり取りを面白がっていた節があった。

 男性店員がどういった気持ちだったかは、正直なところ分からないが、いずれにしても“楽しんでやろう”と考えていたし、また、ここでの出来事を、そいつの元へ持って帰ってやろうと考えた。途中から、この際そうしようと、途中から切り替えた。

 "思い出プレイバック解説②ないし③”あたりから切り替えた。

 リハビリ状態で、外の情報が少ない。どういった事でも良いから、持ち帰り、話してやろうと考えた。そのころの僕は、それで良いのだろうと考えていた。

 自分も余裕はなかったから、考えがこれ以上いた至らない。

 頭を切り替え、"面白がることで脱する”、それしかないと考えた。そして、話しを持ち帰る事にしようとした。

丁寧に語りかけなければならない相手がいなかったか....

 一昨日、映画『鳥』をみることで、考え方に変化が見られる。

 その男性店員は、さておき、そういった接客をされた時の対処と、時期的なものの不謹慎さもどうだったか。たしかに、余裕もなかったし、今よりも10ほど若い。

 上手くできるはずもないが、どうなのか。パンツの色の表現の仕方で競うことより、大事なことがあったはず。

 面白がる以外ないような時期でもあったのだが、配慮のなさも否めない。"そういうところなのだろうな”と寝付けない頭で思い出し、考えてみた。

 もう少し、丁寧に語りかけなければならない相手がいなかったか....

 


indigo la End「鐘泣く命」

Crying End Roll[通常盤]

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