後悔脳内

僕の頭の中を公開します

寒い日に家で過ごし文化を消費。生産性の向上を図る

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 寒い日がつづき、家で過ごす事が増えてきている。

 家で過ごすなら、テレビや読書、DVDやBlu-rayなどで映画を見ても良いし、音楽を聴くのも良い。ゲームやネットも良いのだろうと思う。配信などもあるから、選択肢が多種多様となっている。

 家で過ごすことで困ることが、以前よりも相当少なくなったようにも感じられるし、SNSなどである程度のコミュニケーションも取れるようになっているからなおさらか。

 メールや通話でも、もちろんのことだから、無理に、寒い日や酷暑のときに外で活動する必要もなくなってきている。

 他にも、家でできることと言えば、料理を作ってみたり、ガーデニングも良いように思う。庭の手入れをして、ぼんやり眺めているのも良いのかな、とも感じる。四季を感じることも良いのではないのか、と考えている。

 

 年末年始に、海外を旅行先に選ぶ人が増えているのだそう。もちろん否定的には、捉えていないし、好みの問題だから、良いのだろうと考えている。出先で羽目を外すのも楽しそうだ。思い出もできるのだろうと思う。

 現地で人に出会い、現地のものを食べ、なにかを自身のものとして得ることをし、反映させていくことができるのだろうと考える。

 個人的に、インスタグラムなどのSNSが、あまり好きではない。もちろん、使い方次第のところもあるから、ツール云々というところの問題ではなく、人そのものに問題があるのだと考えている。

 ツイッターにせよ、時間が感じられることが無く、情報が蓄積されていっている感がない。スペースとして横にただっぴろく広がっているようにしか感じられない。

 ただ、特性なのだと捉えると良いのか。

 拡散ありきなら、横にただっぴろい方が広がりやすい。縦の時間軸は必要ないのかも知れない。拡散特化。横に、ただっぴろい空間が広がっている。ただ、これも好みの話となるし、人そのものの使い方にかかっているようにも思う。

 

 日々の経験から、学べることがある。1年を通すと“春夏秋冬”となるが、外に出ると、景色が移り変わっていくし、街並みも変わってゆく。自身も同様のことだが、人も変わっていく。

 それこそ、日々変化している。昨日と同じ一日のように思っていたとしても、人も変わっている。身近な人も変わっている。昨日と違う。

 

 日々の変化に気づく人と、そうでない人がいる。気づきがない人は、毎日が退屈で飽きやすい。次から次へ新しいことをはじめようと手を出すものの、飽きてしまい、より刺激的なことを求める傾向にある様に感じる。

 日々の暮らしの中から何かを見つける。平凡でありきたりな毎日に何かをみる。美しさをみる。うつりゆく日々に時の美しさをみる。

 時間と空間に宇宙をみる。

宇宙(うちゅう)とは、以下のように定義される。

コスモス。時間・空間内に秩序をもって存在する「こと」や「もの」の総体。何らかの観点から見て、秩序をもつ完結した世界体系。
全ての時間と空間、およびそこに含まれるエネルギーと物質。あらゆる物質や放射を包容する空間。あらゆる物事(森羅万象)を含む全ての存在。
ビッグバン理論等で統一的に説明されうる、現実的、現在的に我々が暮らすひとつの広大な世界。ユニバース。もしくはその外側に仮想されるユニバースの複合体全体。(「ユニバース」という語には「ひとつ」という意味が込められているが、最近では、宇宙について論じる時、3次元的につながった空間だけではなく、平行宇宙も含めて論じられることがある。複合的宇宙もしくは多元的宇宙という意味で「マルチバース」と呼ばれる。単一宇宙と区別して複合宇宙全体を指す場合には特に「オムニバース」ともいう。

宇宙 - Wikipedia