後悔脳内 ~僕の頭の中を公開します~

失われた44年 良い記憶”ゼロ”

王子のサイゼリアで「小エビのカクテルサラダ」と「プロシュート」を食べながら、少し思ったこと... 

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飛鳥山公園(あすかやまこうえん)は、東京都北区にある区立公園。東京都内の桜の名所の一つ。

江戸享保期に行楽地として整備され、明治6年(1873年)3月には日本最初の公園の一つに指定された。園内に残る渋沢栄一の旧邸は国の重要文化財に指定されている。

飛鳥山公園 - Wikipedia

飛鳥山公園へ行こう!!|東京都北区

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ザ・ノンフィクション - フジテレビ

「ザ・ノンフィクション」を実家でみることができた

 実家でボケーとテレビを見ていた。日曜日と言えば、競馬中継をみながら馬券を購入するのが、習慣化していたが、近ごろ馬券を買うことがなくなった。

 フジテレビの競馬中継の前に、「ザ・ノンフィクション」という番組が放送されている。以前、というか、かなり昔はよく見ていた番組だったが、これもまた、あまり見ることがなくなっていた。

 ただ、先日、ひさしぶりに見ることができた。

「ザ・ノンフィクション チャイナストーリー すべては家族のために」だったか。

親方が板前見習いに言っていた印象深い言葉...

 番組内で、親方が外国人の板前見習いに、言っていたことが印象深かった。

“両親に料理を出すつもりで”だったか...

 この言葉について、少しかんがえた。もちろん、丁寧にこころを込めて作りなさい、ということなのだろうと思った。そういった心配りや、おもてなしのことを指しているのかなとも考えた。

 また、板前さんからみた客を“親”とみること...

 たとえば、老若男女すべてを親とみておもてなしをすると言うことではないのか。それは、実際に子供がいるいないにかかわらず、親とみて丁寧に接しなさい。また、丁寧にこころを込めて作りなさいと言うことではないのか。

 それは、若い男女だったとしても、いずれ、父や母になるのだし、老夫婦だったとしても、子も孫もいる。いずれにしても、丁寧であれということか。 

 もちろん、これは、料理だけの問題ではないように思う。モノ作りでも何でも、そうなんだろうと考えている。年齢にかかわらず、丁寧さは必要に感じる。

まずは、親が示す。子がまなぶ 

 反対に、子も親を思わなければならない。親同様、子も親を思い接していかなければならないように思う。それは、料理屋さんだけでなく、あらゆるところでそうなのだろうし、家族だとしたならなおさら。

 まずは、親方が姿勢を示す。板前見習いが学ぶ。家なら親。子がその姿から学ぶ。すべては同じこと。

 そういったことを丁寧に行い、ようやく互いに信用や信頼となるのではないのか。

 そうやって受け継がれていくのではないのか。ひとの思いが、心が受け継がれていくのではないのか。人のこころが育まれていくのではないのかと、番組を見ながら思った。文化が育まれていくのだろうなと考えることができた。