後悔脳内 ~僕の頭の中を公開します~

失われた44年 良い記憶”ゼロ”

スマホ・タブレットは消費型。PCは生産性が高い |コンテンツの価値や質を維持し続ける事は難しい... PCを購入し、素人であれ何であれ“消費と生産をエンドレス” 

スマホ・タブレットは消費型

 価値のありそうなモノとは多様であり膨大に情報として存在する。

 コンテンツが膨大になるほど、その多様で膨大なモノから、自分が本当に求めているもの、必要なものを探し出すことが重要となる。

 本来、大衆とはコンテンツを作り出す側にいるのではなく消費する側にいる。それは、使用する端末がPCからスマホやタブレットに代わっていく事が端的にあらわしている。生産から消費にシフトしたことと言えそうだ。

 スマホやタブレットとは消費型端末で、消費された途端にコンテンツは陳腐化される。コンテンツの価値や質を維持し続ける事の難しさは、そのまま異様に加速度のついたインターネット時代が理由と言える。

素人であれ何であれ生産すること

 これらの点をクリアする方法があるのだと考える。生産する。素人であれ、何であれ生産すること。

 心や文化を消費、もしくは浪費するだけの人間であることを恥じる。

 恥じる心をもつ。そういった美しい心を育む。

その心を育むには...まず、消費 

 育むためには、読書。音楽を聴く。映画をみるなど、文化的なことをとにかく取り込む...と、確かにそれは消費と言えば、消費だが、とにかく消費して、生産することを続けていく以外に無い。繰り返し行えば、難しい事とは考えていない。

 文化を消費しなければ、生産もできない。恥じることとは、何も生産しないこと。生み出さないこと。

 “消費と生産をエンドレスで繰り返す以外に無い”

価値や質を維持し続ける事は難しい...

 スマホやタブレットは消費することに特化されている。動画・音楽再生やSNSなどでコミュニケーション、もしくは140文字の文言を打ち込む。意味がありそうな文言を、どこで拾ってきたものかも分からない文言を、呟いていたりする。

 ただ、それを否定的に捉えてはいないし、そう言った楽しみ方もあると思う。それは、各々が何に重きを置いているかでも違うし、価値観の差異と言えるかもしれない。ただ、生産すると言うことからは外れている。つまり、“生産性”が低いとなる。

 消費するとは、心や文化を消費すること。

 スマホやタブレットの普及、通信速度もより速くなったことも影響していると思うが、“心や文化を浪費している”と言うところまで来ているのだろうと考えている。

 心の浪費。疲弊。

悩む前に、とにかくパソコンを買おう!!

 生産に重きを置くならPCでこそとなる。もちろん、消費もできるが生産もできる。生産に特化することも出来るし、消費はタブレット、生産はPCと振り分けるのも、ひとつの手とも思うが、予算との兼ね合いになるのも...

 生産性を語るならPCでこそ。心を育み、文化を生産するならPCでこそ。やはり、タブレットは消費型端末と考える。

 「リアル」は無駄を嫌い、「ネット」は無駄を良しとする。モノを大事にする心を育み、心に美しさをみることが出来てこそ「日本の心」

 モノを大切にし、心に美しさをみることのできない人間に、人を尊重し大事に思う事など出来るはずもない。心をみることとは「リアル」も「ネット」も一対。