後悔脳内 ~僕の頭の中を公開します~

失われた44年 良い記憶”ゼロ”

モスバーガーで「モーニング野菜チーズバーガー」を食べながら考えたこと... |無駄を無駄とせず美しさをみることこそ日本の心

f:id:ktake0606:20181005120946j:plain

足柄(あしがら)は、日本海軍の重巡洋艦。妙高型の3番艦。川崎重工業神戸造船所にて建造。艦名は神奈川県箱根の足柄山に因んで命名された。なお、戦後この名称は海上自衛隊のあたご型護衛艦の2番艦「あしがら」に受け継がれている。

1937年のジョージ6世戴冠記念観艦式の際には招待艦としてイギリスへ派遣され、「飢えた狼」というニックネームをつけられた

足柄 (重巡洋艦) - Wikipedia

モスバーガー公式サイト

モーニング野菜チーズバーガー | 朝モス | モスバーガー公式サイト

ツールだからこそ機能美

 イギリスへ派遣された際、“飢えた狼”というニックネームをつけられ揶揄された、妙高型の3番艦重巡洋艦「足柄」

 たしかに“イギリスの巡洋艦にある気品や優雅さ、ゆとり”といったものが皆無だったのかも知れない。ただ、いずれにせよ、“飢えた狼” も “イギリスの巡洋艦にある気品や優雅さ、ゆとり” も、ともに見えたところの姿かたちを述べているに過ぎない。

 軍艦とは、あくまでもツール。相手と戦うためのツールだ。ツールが機能性を重視しないとは何か。ましてや、戦争のためのツール。良くも悪くも人殺しのツールだ。

 ...それは、恐ろしい話でもあるが、相手を倒さなければ、自分がやられる。家族がやられる。国家の存続まで脅かされる。

生きんがため。綺麗ごとなど通用しない

 軍艦は兵器。芸術品ではない。人殺しの道具だ。

 “イギリスの巡洋艦にある気品や優雅さ、ゆとり” などと悠長なこと言ってはいられない。当時の日本国には、そのような余裕は一切ない。

 ツールはできる限り無駄を排除する。それは機能美。無駄が多いほど怪我もするし、戦争なら死ぬ。

無駄を無駄とせず美しさをみることこそ日本の心

 反面、無駄なことに美しさをみるものもいる。儚さ、もののあはれ、老いてゆき、朽ちてゆくものに何かをみるものもいる。小さく、弱きものに何かをみるものもいる。不完全なものに何かを見るものもいる。

 心はモノではない。機能ではない。無駄なものでもない。無駄を無駄とせず見てこそ。そこに何かをみることができてこそ。たとえ、機能的でも無く、生産性が低かったとしても、そこに美しさをみる事ができてこそ、日本の心と考えている。

いわゆる“左”“右”の視点から美しさを述べた

 生きんがため、自身が大事に思うものを必死に守ろうとするものを思う心。また、美しいものを美しいと心に準ずることとは文化的であるため。

 “飢えた狼”

 “イギリスの巡洋艦にある気品や優雅さ、ゆとり”

 とは、いわゆる“左”“右”の視点から美しさを述べたともいえる。「心」に心をみる事は容易だが、「モノ」に心をみる事は、意外と難しいかもしれない。本来、日本人は得意としていたはずだが、八百万の神々という感覚が無いというところが難しさに拍車をかけたか。

 心はカタチをみる事ができないから、見抜きずらい。

 モノは古くなれば壊れる。壊れいくもの、朽ち果てていくものに心をみる事もできないからこそ、新しく見栄えの良いものばかり目に付く。そして、心をみる事をしない。

神道における神(かみ)とは、自然現象などの信仰や畏怖の対象である。「八百万の神」(やおよろずのかみ)と言う場合の「八百万」(やおよろず)は、数が多いことの例えである。

神 (神道) - Wikipedia