後悔脳内 ~僕の頭の中を公開します~

失われた44年 良い記憶”ゼロ”

ようやく 映画『万引き家族』をみる事ができた! |人の心が無ければ家は成立しない。人や社会や国の体をなすはずがない 

映画『万引き家族』を見てきた!

“MARK IS みなとみらい騒動”以降、終始ドスランプ

 7月の頭に見る予定だったものをようやくみる事ができました。6月の中頃から、個人的にはスランプ状態に入っており、その流れを持ち越したままの、MARK IS みなとみらい。

 過去に大事な人を傷つけてしまったことが何度かあったこの地で、この日もやらかしてしまいました( ;∀;)

 以降、取り返そうとムキになるも、終始空回り。背面ガラスのひびとして、その記憶を留めていますが、少し、傷心気味にTOHOシネマズ 渋谷でみる事ができました。

MARK IS みなとみらい オフィシャルサイト

TOHOシネマズ 渋谷:上映スケジュール || TOHOシネマズ

「武」の文字に込められた精神性を磨く…西武台千葉 雑感 |そのひびを見るたびに今年の夏をおもい出すのだろうと思う... - たけさんのzakki

“万引き家族”の日常を淡々と...

 本編の内容に関しては、それほど意味をなしてないように個人的には感じた。

 “万引き家族”の日常を淡々と描いているように思いましたし、こういうものなのだろうなとも...

『万引き家族』は、2018年6月8日公開の日本映画。是枝裕和監督。

概要
親の死亡届を出さずに年金を不正に貰い続けていたある家族の実際にあった事件をもとに、是枝が家族や社会について構想10年近くをかけて考え作り上げた。日本国内での公開に当たっては、PG12のレイティング指定がなされている。

第71回カンヌ国際映画祭において、最高賞であるパルム・ドールを獲得した。日本人監督作品としては、1997年の今村昌平監督「うなぎ」以来21年ぶり。撮影中につけられていた映画のタイトルは「声に出して呼んで」だった。

万引き家族 - Wikipedia


映画「万引き家族」本予告編

家族愛や愛国心に近いか

 貴賤ではなく、家族を思う心を描いているものだと映りましたし、たとえ血が繋がっていなくとも、人を大事に思う心、弱きもの、苦しみの中にいるものに何をみるか、といった作品だったように思います。もちろん、日本のルールからは外れたことをしていた“万引き家族”でしたが、生きんがため、大事なものを守るために必死に暮らしているようにも見えました。

 心がなく、ルールの範囲内なら、弱きものを虐げてまで暮らすことに正しさがあるように僕には感じることが出来ません。ではなく、たとえ“万引き”をしてまでも大事な人を守るという覚悟と意志が必要と思いますし、そう言った心根の無いものが、本作品を批判的に捉えることに疑問を感じます。

そこに貴賤はない

 家風というものが、その家の文化や心だったとして、そこには様々なカタチがある。

 多種多様な家があり、その家々に様々な文化がある。本作のように“万引き”をして生計を立てている家もあれば、豊かな暮らしぶりの家もある。根性論や文化的な家もあれば、楽しく日々暮らす家もある。もちろん、どれがどうこうと言う話でも無ければ、そこに貴賤はない。

家も国も同様か

人の心が無ければ家は成立しない

 いずれにせよ、家の中で家族を大事に思う心が無いのであれば成立はしない。家として、家族として成立はしない。家族を思う心が無ければ、たとえ豊かで文化的な暮らしをしていたとしても、やはり成立はしない。家として成立はしない。そこに人の心が無ければ成立はしない。

 家も国も同様のことと思う。やはり、ルールで縛るものではない。そこに暮らす人の心に重きをおくことをしなければ、成り立たない。

人を動かしたいなら、「やれ」と言ってはいけない 思い通りに部下が動く“すごい"伝え方 単行本 – 2018/7/21 小山 昇 (著)

人や社会や国の体をなすはずがない

 信用出来る相手を愛し、信頼関係を結ばなければ成り立たない。

 家族は制度で成り立つものでもない。ルールを変えるだけで、カタチが変わるなら苦労はない。逆もそうと言えるかも知れない。

 家だけでなく、国のカタチがあるのだとして、ルールがカタチを決めるものでもない。そこで暮らす人々の心が家のカタチならば、ルールでそれを縛るものでもないように思う。

 そこに心がないのでは、そのカタチを維持できるはずもない。それでは人や社会や国の体をなすはずがない。心がないものにカタチをなして行くことなど出来るはずもない。