後悔脳内 ~僕の頭の中を公開します~

いきた証そのものが後悔へと 失われた44年(*‘ω‘ *)

2006年8月の事がなければどうだったのか、そのことばかり繰り返し、後悔として苦しめつづける.....

たとえば、2006年8月にそういう事が起こらなかったのだとして、その事でそのひとと知り合うこともなく、平穏に過ごすことが出来たならどうだったのかとも考えたりする。それこそ、東京に出てきた1995年以降、なんともなく、無事に平穏に過ごせていたなら、と…

『さばの炭火焼き定食』を食べながら振り返る2018 |昨年6月6日に大ゲンカの舞台となった大戸屋

腹もヘリ商店街をブラついていると、大戸屋の看板が目にとまる。 そういえば.... 昨年、“ここで大ゲンカしたっけな”と思い出す。6月6日のことだった。今から思うと、疑心暗鬼と情報の行き違い、ある事ない事で互いに疑い深くなっていたさなかだったか。 ここ…

2006年10月12日神宮球場「“ハンカチ王子”のお出ましですの話」|柑橘系、特にグレープフルーツが苦手と言っていたか...

上野動物園で会って以来の話だったように記憶している。 すこし、記憶が曖昧なので、あとで確認するとしても、、ゴリラ・パンダのごはんの珍事や、モノレールで微妙な空気になってしまったとき以来だったので、変な緊張感があったようです。 なので、紛らわ…

引き続き、本音と建前について考えた.... |安易に“本音”をベラベラ語り出すものなど信用されない 「リアル」「ネット」とともに

1 本来の音色。本当の音色。2 本心からいう言葉。「本音が出る」「本音を吐く」 本音(ホンネ)とは - コトバンク 引き続き、本音と建前について考えてみました。“本音”とは、本心からいう言葉となります。「本音が出る」「本音を吐く」といった使い方をしま…

最悪の結果をともに出来るから、最高の結果をともに喜ぶことが出来るのか 

野球解説者の張本勲氏(78)が、競泳女子の池江璃花子(18)が白血病を公表したことについて、17日のTBS系生番組「サンデーモーニング」で「娘を持っている親は、胸が張り裂けそうですよ」と同情した。 「有名な競泳選手だからね、オリンピックに出…

“紺くらべ”について再度かんがえた... |外は“赤”内部は“青”が危険か いわゆる八方美人の内弁慶タイプ

心の宇宙でこそ、モノの不平等も不自由からも解放される 有限であるモノを争うと、戦いが終わらない “自由”は心に見つけていく。モノの自由であれ平等であれ コミュニケーションに重きなら、自身より相手の自由 “紺くらべ”について再度かんがえた結果... 内…

“炎上”がたびたび問題になるが、理解が深まり周知される事にも繋がるから一概に悪いとは言えない

日米修好通商条約(安政五ヶ国条約)により、安政6年6月2日(1859年7月1日)に横浜港が開港すると、現在の日本大通りの西側に居留地が設けられますが、その海岸沿いの道がBUND(海岸通り)。関東大震災後に海岸は瓦礫で埋め立てられ、跡地が公園となって山下…

“ドリオンの薬”から憲法改正のことと、「正しさ」についてもかんがえた...

脳と魂 作者: 養老孟司,玄侑宗久 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 2005/01 メディア: 単行本 クリック: 1回 この商品を含むブログ (17件) を見る 養老 孟司(ようろう たけし、1937年11月11日 - )は、日本の医学博士、解剖学者。神奈川県鎌倉市出身。東…

“紺くらべ事件” 10年前のある夏のおはなし |優先順位を間違えていたか、当時は面白がった節も...

“紺くらべ” これも、2009年のお話。鐘ヶ淵にあるリハビリ病院に、見舞いに通っていた夏のある日。その日は、少し時間に余裕があったので、池袋の某ファッションビルに洋服を買い求めに出かけた。あれやこれやと店を回り、“某セレクトショップ”のパンツが気に…

「タパス&タパス」で魚介のパスタを食べながら考えた |“何かを作り人に提供する” 全てこなす作業を実感できるのが料理だった...

東急五反田駅から。 五反田駅(ごたんだえき)は、東京都品川区東五反田一丁目および同二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京急行電鉄(東急)・東京都交通局(都営地下鉄)の駅である。 五反田駅 - Wikipedia 実家からひとつ先の駅にあるパスタ屋…

安楽死について少し考えた。“ドリオンの薬”とオランダの国土の話 |養老孟子・玄侑宗久『脳と魂』を思い返した

安楽死(あんらくし、英語:euthanasia)とは、人または動物に苦痛を与えずに死に至らせることである。一般的に終末期患者に対する医療上の処遇を意味して表現される。安楽死推進団体に所属し、スイスで安楽死したオーストラリアの環境学・植物学者 デイビッ…

イメージする力があるからこそ、後悔や痛みをともにしていく事ができるのだろう... 

名には、願いや想いが込められている。ひとの願いや想いそのものが名となり、命が吹き込まれる。心そのものといえる。それは、魂の叫びなのかも知れないが、叶うことのなかった、願いや想いが名となり形をなしていくのだろう。 願いや想いが、その言葉をかり…

2020年東京五輪以降、2025年「大阪・関西万博」のお話 |“モノ”として劣るので2025年を目指す。心を大事にしたい

2025年「大阪・関西万博」 開催期間:2025年5月3日(土)〜11月3日(月) 185日間開催場所:大阪 夢洲(ゆめしま)想定来場者数:約2,800万人経済波及効果(試算値):約2兆円 日本万国博覧会 - 1970年に大阪府吹田市で開催された国際博覧会(万国博覧会、万博)。E…

人はモノではなく心を持っている、モノではなく文化を育むもの

いわゆる“逃げ恥”的なものを否定的に捉えている。 たとえば、契約を交わしお付き合いを始めるのケース。契約という事で付き合うことをすると、「理」を優位にすることで始まることになる。それは、「情」とは違う。なさけとは違う。優しさや寛容さというのと…

姿かたち形式などに人の心があるわけではない そうでは無いところにロックや道の精神があるのかも知れない

自由とは、その心。蒼き心のことを言っている。あくまでも心のあり方のことを指している。精神性の自由でも良いか。心の自由なさま。そういったものを追い求めていくさま。 ロックや道の精神も近いかもしれない。 モノとともに、心も破壊されてしまった。機…